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第二章 繰り返す記憶

Penulis: 佐薙真琴
last update Tanggal publikasi: 2025-11-25 04:44:25

 日曜日の朝、アオイはユウカとの約束通り、図書館へ向かった。丘を登る石段は少し急で、息が切れる。でも、その先に広がる景色は美しかった。

 図書館は、街で一番高い場所にあった。石造りの建物は重厚で、どこか別の時代から切り取られてきたような雰囲気を醸し出していた。

「アオイ! こっちこっち!」

 ユウカが手を振っていた。既に図書館の前で待っていたらしい。

「ごめん、遅くなった」

「ううん、私も今来たところ。さあ、入ろう」

 重い木の扉を開けると、古い紙の匂いが鼻をついた。図書館の中は薄暗く、本棚が迷路のように並んでいた。窓から差し込む光が、埃の粒子を照らし出している。

 カウンターには、老人の司書が座っていた。白髪で、丸い眼鏡をかけている。アオイたちを見ると、優しく微笑んだ。

「いらっしゃい。ゆっくり見ていってね」

「ありがとうございます」

 ユウカは慣れた様子で奥へ進んでいった。アオイも後に続く。本棚の間を歩きながら、背表紙を眺めた。古い本が多く、中には百年以上前に出版されたものもあるようだった。

「ねえ、アオイ。この本、面白そうじゃない?」

 ユウカが一冊の本を手に取った。『星の観測者』というタイトルだった。

「観測者?」

「うん。星を観測する人の話らしいよ。ロマンチックじゃない?」

 アオイはその本を手に取り、ページをめくった。古い活字が並んでいる。最初の数行を読んだとき、奇妙な感覚に襲われた。

 この本を、前にも読んだ気がする。いや、読んだことはないはずだ。でも、この文章を、確かに知っている。

「どうしたの、アオイ?」

「ううん、何でもない」

 アオイは本を棚に戻した。ユウカは不思議そうな顔をしたが、それ以上は聞かなかった。

 二人は図書館の中を歩き回った。奥の方には、誰も来ないような古い書庫があった。埃をかぶった本が、忘れ去られたように並んでいる。

「こんな場所もあるんだね」

 アオイがつぶやいた。ユウカは周りを見回しながら言った。

「私、ここに来るの初めてかも。いつもは手前の棚しか見ないから」

 アオイは、ふと一冊の本に目を留めた。革装丁の古い本で、背表紙には何も書かれていない。引き抜いてみると、意外と軽かった。

 表紙を開く。タイトルページには、こう書かれていた。

『観測日記 1975年』

 1975年。五十年前だ。アオイはページをめくった。

 それは、日記だった。誰かが手書きで記した記録。インクは褪せているが、まだ読める。

『4月1日 晴れ 今日から、この街での生活が始まった。みんな親切で、とても穏やかな場所だ。でも、少しだけ奇妙なことがある。夕方五時を過ぎたら、外に出てはいけないという。理由を聞いても、誰も教えてくれない。』

 アオイの心臓が、ドクンと跳ねた。五時のルール。それは今も変わっていない。

 さらにページをめくる。

『4月15日 曇り 最近、デジャヴを感じることが多い。同じ会話を、前にもしたような気がする。でも、それは思い込みかもしれない。』

 アオイの手が震えた。まさに、自分が感じていることと同じだ。

 そして、次のページ。

『5月3日 雨 今日、不思議なことに気づいた。この街の猫は、みんな片方の目だけ青い。どの猫も、例外なく。それから、時計塔の秒針が、時々逆に動いているように見える。私の目の錯覚だろうか。』

 アオイは息を呑んだ。猫。時計。すべて、自分が見てきたものと同じだ。

 さらにページをめくろうとしたとき、ユウカの声が聞こえた。

「アオイ、そろそろ帰ろうよ。お昼の時間だし」

「あ、うん……」

 アオイは日記を見つめた。そして、最後のページを開いた。

 そこには、大きな文字でこう書かれていた。

『私の名前は、柊アオイ。もし、この日記を読んでいるあなたが同じ名前なら、これは偶然ではない。』

 アオイは、声を失った。

「アオイ? 大丈夫? 顔色悪いよ」

 ユウカが心配そうに覗き込んでくる。アオイは慌てて日記を閉じた。

「何でもない。ちょっと、気分が……」

「じゃあ、外の空気を吸おう。ほら、行こう」

 ユウカに手を引かれ、アオイは図書館を出た。でも、頭の中は混乱していた。

 五十年前の日記。そこに書かれていた名前。柊アオイ。

 それは、自分と同じ名前だった。


 その日の午後、アオイは一人で自分の部屋にいた。窓から外を見ると、いつもと変わらない街の風景が広がっている。でも、今はすべてが違って見えた。

 五十年前にも、同じ名前の少女がこの街にいた。そして、彼女も同じことを感じていた。デジャヴ。片目が青い猫。逆回転する時計。

 偶然だろうか。それとも――

 アオイは立ち上がり、本棚から一冊のノートを取り出した。自分の日記だ。最近は書いていなかったが、今日のことは記録しておきたかった。

『日曜日 晴れ 図書館で奇妙な日記を見つけた。五十年前の日記で、書いた人の名前は私と同じ「柊アオイ」だった。そこには、私が今感じているのと同じことが書かれていた。これは何を意味しているのだろう。』

 書きながら、アオイは自分の手が震えていることに気づいた。恐怖ではない。何か、もっと深い感情。知りたいという欲求と、知りたくないという恐怖が混ざり合った、複雑な感情。

 夕食のとき、母に尋ねてみた。

「ねえ、お母さん。五十年前に、この街に柊アオイっていう人がいたって聞いたことある?」

 母は箸を止め、不思議そうな顔をした。

「柊アオイ? それは、あなたの名前じゃない」

「そうじゃなくて、昔の人で――」

「さあ、知らないわ。なぜそんなことを聞くの?」

 母の表情には、何の曇りもなかった。本当に知らないようだ。

「ううん、何でもない」

 アオイは話題を変えた。でも、心の中では疑問が渦巻いていた。

 その夜、ベッドの中でアオイは天井を見つめた。月明かりが、カーテンの隙間から差し込んでいる。

 なぜ、五十年前の日記に自分と同じ名前が書かれていたのか。なぜ、彼女も同じことを感じていたのか。

 そして、その日記の続きには、何が書かれているのだろうか。

 アオイは決心した。明日、また図書館に行こう。そして、あの日記の続きを読もう。

 真実を知りたい。たとえ、それが恐ろしいものであったとしても。

 アオイは目を閉じた。でも、なかなか眠れなかった。頭の中で、様々な可能性が駆け巡る。

 やがて、深夜になってようやく眠りに落ちた。そして、夢を見た。

 夢の中で、アオイは図書館の書庫にいた。薄暗い空間に、無数の本が並んでいる。そして、その一冊一冊に、「柊アオイ」という名前が書かれていた。

 アオイは一冊の本を手に取った。開いてみると、そこには自分の人生が書かれていた。今日起きたこと。今日感じたこと。すべてが、活字になって並んでいる。

 最後のページをめくると、そこには未来のことが書かれていた。

『明日、アオイは真実を知る。そして、選択を迫られる。』

 アオイは目を覚ました。汗びっしょりだった。時計を見ると、午前三時。まだ夜中だ。

 窓の外を見ると、月が雲に隠れていた。街は静まり返り、何の音も聞こえない。

 アオイは、ベッドに横たわったまま、朝が来るのを待った。

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